体験を通しての理解

両親は唯物論者だったのですが、僕自身は、東京で一人暮らしをしていた20代の頃から自分の苦しみを取り去ってくれるものを求め始め、自然とスピリチュアルなことに興味を持つようになりました。

そういった本やネットの記事を読み漁ったりして、生まれ変わりや、カルマの法則といった考え方に触れ、そうしたことはあるかもしれないと考えるようになりました。

でもそれは、生まれ変わりのことを「科学的に」調べた本を読んだりして、「これだけ証拠があるなら本当のことに違いない」「こんなに立派な人があると言ってるから、あるに違いない」と思ったということで、本当に確信を持って存在すると考えているわけではありませんでした。
スピリチュアルなことに抵抗のない人でも、大抵はそうだと思います。見えない世界のことですから、なかなか確信を持つまでは至りません。
特に僕は、見えないものが見えたり聞こえたりするような人間では全くないので、そうしたことを確信させるような出来事が起こったこともありませんでした。

しかし、ヨグマタジの瞑想を始めてから、これまでの記事で書いてきたような様々な「奇跡」を体験し、カルマの法則や生まれ変わりの法則を、リアルに、体感として、確信するようになりました。
そういったビジョンを見たり、不思議な声が聞こえたりしたことは相変わらず全くありませんが、瞑想を続けることで自分に起こった「奇跡」と、ヨグマタジが普段本や講演でおっしゃっていることを結びつけて考えると、そうしたことが、自然に確信に変わったという感じです。実際、あるとしか考えられません。

実際に不思議な体験を繰り返してみると、ヨグマタジと繋がることで降り注がれる「アヌグラハ」(カルマ・執着を溶かし落とす神の恩恵)も、リアルなものとして感じられるようになります。(体感などはほとんどなくても、不思議なことは起こるので、あるとしか考えられなくなります)

それらはあるかないか良くわからないものでは全くなく、目には見えないけど、リアルに存在するもの。
だから「サイエンス・オブ・エンライトメント(悟りの科学)」という名前をつけられたのだろうな・・・・、と思います。
(最初はちょっと怪しく聞こえる名前だなと思っていました汗)